会員限定記事会員限定記事

やめられない「ガチャ」一生の闘い◆つながりに求める回復の道【時事ドットコム取材班】

2022年07月03日07時30分

 スマートフォンでいつでも遊べる手軽さで広まったインターネットゲーム。強力なキャラクターやアイテムなどを購入することでゲーム展開を有利にできる「課金」も一般的になったが、返せなくなるほど借金をしてしまったり、没頭して日常生活に支障が出たりする「ゲーム依存症」患者も増えているという。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣

 【時事コム取材班】

「きょうだけゲーム抜き」

 「きょうだけ、自分の回復について真剣に考え、ゲーム抜きの人生を味わおう」―。2022年6月5日夜、甲府市のビル一室で、男性が手元のクリアファイルに入った標語を読み上げた。ゲーム依存症患者やゲームをやめたいと願う人たちが集い、回復を目指す自助グループのミーティングでの一場面だ。

 「ダイキ」と名乗って参加していた20代の男性がのめり込んだのは、専門学校時代に始めたスマホのパズルゲームやロールプレイングゲーム(RPG)。いずれも、「ガチャ」と呼ばれる、くじ引きでさまざまなキャラクターやアイテムを手に入れることができる仕組みがあり、ダイキさんはゲーム本編よりもガチャでキャラを収集していくことに没頭した。

 「何が出てくるか分からないドキドキ感があり、コレクションが増えていくのも楽しかった」。ダイキさんは新たなキャラが登場するたびに有料でガチャを回した。月々の請求額が携帯料金との合算で上限5万円に達すると、コンビニで電子マネーを購入してつぎ込んだ。就職して1人暮らしを始め、クレジットカードを手にしてから歯止めが利かなくなり、借金を繰り返すように。実家に戻った後は、家のお金や父親のクレジットカードに手を付け、両親には仕事をやめたことも隠し続けた。知られるまでの半年間でガチャや生活費につぎ込んだ額は400万円近くに上るという。

◇寮で集団生活

 ダイキさんは今、回復施設「グレイス・ロード」(甲府市)の寮の一つで集団生活を送る。施設はもともと、ギャンブル依存症を対象に設立されたが、近年、「ゲームがやめられない」との相談が増え、20年7月に対象を拡大した。ダイキさんはゲーム依存症からの回復を目指す入所者第一号だ。

 ダイキさんは、2階建ての一軒家の寮でギャンブル依存に悩む男性7人らと共同生活を送り、奥まった部屋に置かれた二段ベッドの一段目で寝起きしている。入所者は匿名で生活し、お互いの本名は知らない。寮では、施設の回復プログラムや自助グループへの参加が義務。ゲームセンターやパチンコ店への出入り、飲酒などは禁止だが、プログラムと自助グループ活動以外は自由に過ごすことができる。

 回復プログラムで最も重視されているのは、入所者が自分の経験や現在の思いを語り合うミーティングだ。ゲームにはまったきっかけなどを見詰め直し、自分の弱さ、心と向き合うことが回復に役立つといい、毎日参加する自助グループでのミーティングを合わせ、平日は1日2~3回行われている。

 ある日の午前、グレイス・ロードでのミーティングを見学した。入所者は1人ずつ、時に脱線しつつ、淡々と過去の自分を振り返り、他の入所者は、時折うなずきながら黙って耳を傾けている。そこでの発言内容は口外禁止で、原則、発言に対して意見を言ったり、質問したりすることはできない。自由な発言を担保するためで、ダイキさんは「何を言っても受け入れてもらえる場で安心感がある」と話す。

一生の闘い

 施設での回復プログラムは2段階に分かれており、入所中は家族との連絡も禁止される。本人が回復に専念できるようにすることが大きな理由だが、同時に家族も「治療対象」となり得るためだ。グレイス・ロードによると、家族が依存症当事者の借金を肩代わりしたり、行動を管理したりし、依存症を助長した可能性があるという。ダイキさんの両親は現在、依存症家族の自助グループや家族会に参加しており、取材に「金銭管理など、やってはいけない対応をしてきてしまった」と語っている。

 第1段階は最短13カ月で終了し、家族との面談を経て、「卒業後」を見据えた就労訓練に取り組んだり、復職したりする。ダイキさんは1年9カ月を施設で過ごしているが、21年6月に規則違反をしてプログラムを1日目からやり直すことになり、今も第1段階にとどまっている。

 入所時、「このまま実家にいたら、また親の金を盗んでしまう可能性が高く、危険だ」とは思っていたが、「自分が依存症だとは思っていなかった」というダイキさん。夜な夜な寮内で隠れて家庭用ゲーム機で遊んでいたことをスタッフに指摘され、病気を自覚した。 「回復には一生かかると思う。ゲームをやめている自分を維持しないといけないが、やってしまったとしても仲間に正直に話せる自分になりたい。そうすればまた再スタートできる」と語った。

◇同じ経験したからこそ

 グレイス・ロードによると、ゲーム依存症からギャンブル依存症に移行したり、両方を併発したりしているケースも少なくない。

 ダイキさんとは別の寮に入る30代男性「ユー」さんは高校2年生から大学1年生にかけ、パソコンの対戦型オンラインシューティングゲームに没頭。午後7時から翌朝午前4時ごろまで、顔も素性も知らないネット上の友人たちと音声通話機能で会話しながらバトルを繰り広げ、昼夜逆転の生活に陥った。成績は下がり、現実の友人関係も希薄に。パソコンが壊れたことでゲームを離れたが、今度はパチンコなどのギャンブルにはまったという。「ゲームは承認欲求を満たすためだった。またパソコンを買えば我慢できないと思う」と話す。

 元入所者で、グレイス・ロードのネット・ゲーム依存症の相談受付スタッフを務める坂本拳さん(27)は今も、ギャンブル依存とゲーム依存からの回復に取り組んでいる。

 看護学生時代にダイキさんと同じスマホゲームにはまり、毎月数万円をガチャに費やした。就職後、給料を全額競艇で使い果たし、母親に連れられてグレイス・ロードへ。入所後はスマホを持たない生活をしていたが、スタッフになるための研修を受けることになって再び持ち始めると、1週間もたたないうちにゲームアプリをダウンロード。暇さえあれば遊び続け、寝不足で日中の回復プログラムに支障が出るようにさえなった。

 「僕自身も一寸先は闇。この後もっとひどい状態になってしまうかもしれず、今も回復し続けている状態」。そう自己分析する坂本さんも、ダイキさんら入所者と共に自助グループに通っており、「回復はチームプレー。ゲーム依存と向き合い、自分自身とも向き合っている仲間が必要」と強調する。

「つながり」が支え

 ダイキさんも坂本さんも、「つながり」が回復に重要だと訴えるが、ゲーム依存症を対象とした相談窓口や支援団体は少なく、「当事者」がグループを立ち上げる例が目立つ。

 東京都内で活動する「ゲームをやめる会」も当事者の男性が2011年6月に創設した自助グループが基になっている。

 長年、引きこもり状態だった男性は、大人数が同時参加で進めるパソコンのオンラインRPGと出会い、昼夜を問わずゲームの世界で過ごした。ひどいときは「14時間連続でゲーム、その後14時間眠る」といった状態で、常にゲーム内の音楽や映像が頭に浮かぶようになり、激しい目の痛みや頭痛にも襲われた。「自分は依存症かもしれない」。衰弱が進み、心の安定も失われるようになり、命の危機を感じて回復施設に通い始めた。ゲームを断って13年。それでも「したい」という欲求と闘い続ける日々といい、「自分がゲームをやめ続けるためには自助グループが必要。仲間とのつながりが生きる力になる」と話す。

 東京都江戸川区の大崎佳子さん(43)は、都内で毎月1回開かれる「ネット・ゲーム依存家族の会」に参加している。オンラインカードゲームのトップチームに所属し、個人でも上位100人に入る「ランカー」だった夫、祥太さん(34)がゲーム依存症だ。佳子さんは「自分たちの経験が他の人の助けになってくれれば」と参加の理由を語る。

 祥太さんによると、ゲームで数百万円の借金を繰り返し、包丁を手にした父親に「次に借金をするなら俺を殺してからにしてくれ」と迫られた。だが、さらに借金を重ねてしまい、自ら弁護士に任意整理を依頼して信用情報機関に記録を残し、新たな借金をできないよう手続きしたという。祥太さんは「今後、ゲーム依存症当事者の会を立ち上げたい」と話す。

好きと依存、壁はどこ?

 依存症に詳しい国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県)の樋口進名誉院長(68)によると、ゲーム依存症は睡眠障害、昼夜逆転、意欲の低下、家庭内暴力などにつながり、脳の萎縮や自殺に至るケースもある。世界では人口の約3%、日本国内では10~29歳の男女の約5%がゲーム依存症を患っていると推定されているという。

 世界保健機関(WHO)はゲームに依存した状態をゲーム障害と呼ぶ。①ゲームを日常生活で最優先している②家庭や学校、会社などに悪影響が出ている―ことの両方が1年以上続いている場合に障害が疑われるとし、樋口名誉院長は「ゲームによって家庭や学校などで問題が起きているかが一番の分岐点」と説明する。仲間から称賛されたい、後れを取りたくないといった感情が依存に結びつくため、他のプレーヤーと協力して何かを成し遂げたり、競争してランキングを上げたりするオンラインゲームは、オフラインより依存性が高いという。

 自分自身や家族が依存症になってしまった場合はどうすればいいのか。残念ながら「治療薬は世界に一つもなく、開発されるという話も聞いたことがない」と樋口名誉院長。完全にゲームをやめることが理想だが、スマホやゲーム機を取り上げると、ほとんどのケースで暴言や暴力が悪化するという。「患者が、自分の意思で自分の行動を変えていく必要があることをしっかり理解しないといけない」と強調した上で、「部活動やアルバイトなど現実の生活を充実させていくことも重要。スマホやゲーム機を持ったまま、どうすれば上手に使っていくことができるのか。家族を含め、一緒に考えていくことが回復につながる」と語った。(2022年7月3日掲載)

時事コム取材班 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ